野坂昭如のマリリンモンロー ノーリターンの歌詞を読みたくて
検索したら、この曲が野坂の作詞ではないと知った。
それだけではない。バージンブルースも黒の舟唄も終末のタンゴも
全部桜井順という人の作詞作曲だった。
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心のノート「気持ち悪い」に反論 正義教育
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20091206-00000517-san-soci
> 「心のノート」をめぐり、「気持ち悪い」と批判されたのは先月の行政刷新会議の仕分け
>作業。仕分け人の一人で、元東京都杉並区立和田中学校長の藤原和博氏が、中学生用の
>「心のノート」に出てくる「この学級に正義はあるか!」と正義をテーマにしたページを例など
>にし、「あるべき心の見本市ですごく気持ち悪い。副読本は多数出版されており国が強制す
>る根拠はない」などと批判した。
「あるべき心の見本市」はとても大事。
モノを考えられる頭のある人は自分で考えて選び取ればよい。
しかし、圧倒的多数のモノを考えられない人にはマニュアル=規範が必要である。
複雑な問題の渦中に放り込んでおいて、自分で考えろはひどすぎる。
「嘘も方便」のこの国で、公教育における愚直な道徳教育すらなくしてどうするのだ。
誰が善悪を教えるのだ。児童・生徒達に「相対化」を教えて何になる。
結果、偏見と短絡思考に陥る。だから、わかりやすい答を与えてやらなきゃいけない。
例えば「嘘をついてはいけない」「人にやさしく」「戦争はいけない」「男女交際は清らかに」など。
そこを出発点にして、ゆっくりゆっくりと思考の根を張り巡らし、
現実の問題に付き合わせ、補っていくのがよい。
それがいずれ、大本(規範)を疑えるまでになればたいしたもんだ。
だが、まともに徳育を受けなかった者は大抵、発生した問題に対して
はじめの立脚点が確保できない為に、論理が形成できず、やがて思考を放棄してしまうのだ。
ついでにいうと、個性礼賛もやめるべきだ。
自分の個性にさんざん苦しめられた経験から言えば、
個性なんて、決して育ててはいけない。
むしろ、押し潰して押し潰してぐらいでいい。
それでも湧き上がって溢れてかえって、人生を床上浸水させてしまうのが個性だ。![]()
ノーベル賞の益川教授 憲法9条京都の会 7人目の世話人に
htthttp://www.kyoto-np.co.jp/article.php?mid=P2009091500206&genre=C4&area=K00
特定の分野で業績を上げた人の発言なら
非専門の分野についてでも、
盲目的に受け入れてしまうのは実に愚かしい。
さらに人格まで肯定するのはバカの極みである。
-1-
もちろん、TVや新聞、雑誌の作り手は
この愚民性をよく知っているから、それに沿って作る。
「なぜこの人がこの問題について発言してるんだ?」
というコンテンツだらけである。
日本のテレビ番組の特異性は
ドキュメンタリーでも情報番組でもニュースでも
必ず「タレント」と称する存在を介して視聴者に届けられることだ。
たとえば、「世界まる見え!テレビ特捜部」や「アンビリーバボー」。
どちらもビデオを紹介してから、ある程度のところでスタジオに移り、
所ジョージをはじめとした「タレント」の中身のない雑談が挟まれるのである。
NHKでも、21時のニュース番組では、いちいちニュースごとに
ブスとブ男のキャスターが、感想らしきものをたどたどしく「読む」のである。
露骨にひどいのは関口宏の関わる番組である。
サンデーモーニングは政治ニュースの感想を、浅井慎平などの政治分野の素人に聞くし、
フレンドパークにいたっては「タレント」が子供騙しのゲームをやってるのを
見るだけの番組である。なのに、こんなに続いているのだ。
外国に滞在しているときに、日本のYahoo!などを見ると気付くことがある。
ニュースに「タレント」の記事が多すぎるのである。
「バラエティーと称する、わけの分からないものは日本だけだからね。〜中略〜
それで芸能界の内幕をちょっと共有したつもりになっている。でも、本当は共有なんか何もしていない。」
――大橋巨泉←その通りだけど、お前が言うか。
-2-
ところでソース元の益川敏英だが、
文化勲章をもらった後の会見で、やたら「自分は野蛮人だ」と強調していた。
わたしは、こういう真面目人間の無頼アピールが大嫌いである。
だが、そのとき同時に受賞した小澤征爾に「野蛮人なの?」と突っ込み入れられて
答えられなかったのは笑った。
小澤のように、文化、文明、古典と現代、西洋と非西洋とか、もちろん野蛮についても、
若い頃からずうっと考え続けた男の前で、浅い思いつきレベルの「野蛮人」アピールは滑稽である。
で、その後さらに「じゃあ野蛮人やめればいいじゃない」とか突き放されてた。
ところがこれが、ニュース記事になるとそのへんが巧妙に編集されてて
メディアって怖いなあと思った。
「真面目人間の無頼アピール」で思い出すのは
中村紘子である。「ピアニストという蛮族がいる」という本を
出すぐらいの勘違いちゃんである。
クラシックのピアニストなど、系統的にはタイピストと同じである(*1)。
コツコツと練習に練習を重ねてきて、無頼気取ってるんじゃない。
プロフェッサー・ロングヘアみたいに、芸名に「教授」僭称して
酒飲みながら、アップライト・ピアノの胴をガンガン蹴ってテンポを取って演奏し、
しかもあんまり上手いってほどでもなく、金がなくていつまでたっても入れ歯が買えず、
ニューオーリンズ・リバイバルの時に浮浪者同然の姿で再発見されたなら、
確かに蛮族だよ。大いに名乗るがいいよ。
(*1)クラシックのピアニストなど、系統的にはタイピストと同じである。
基本は譜面通り正確に弾くだけである。もちろん解釈とかいって自己流の表現が入るが、
同じくタイピストだって、段落わけや文字組み、フォント選択などそれぐらいの工夫はする。
折角抜けたのに敵が追いついてくるまで
ゴール近くでパス回し。
臆病からくるプレス。
1点取られたらそこから瓦解。
実に現代日本人らしい。
その弱点をやっと意識し、
克服できたと思うと選手世代が変わりまた振り出しに戻る。
ここは日本人らしくない。
日本人らしくないといえば、
前にフィギュアスケートの高橋大輔の練習密着レポートを見たが、
昼にコンビニのサラダ食べてた。
あんな栄養価が低く、油まみれの食事するなんて何考えてるんだよ。
コーチは何をやってるんだよ。
ハードな練習しているのに台無し。もったいない。
Jリーグでも朝食食べない選手が多いらしい。
こういう効率の悪さと自覚のなさと頭の悪さは
スポーツ選手とはいえ日本人らしくない。
http://news.ameba.jp/entertainment/2009/08/43490.html
>間違いなく異性にウケるアーティストにおいて、
>男性アーティスト上位は「EXILE」「Mr.Children」「福山雅治」「GReeeeN」、
>女性アーティスト上位は「浜崎あゆみ」「大塚愛」「絢香」「倖田來未」となった。
こりゃダメだ。
こんなものを好む愚鈍どもが多数決で選択する未来社会が
オレを幸せにするわけがない。
自民党が次の選挙に勝つ方法がひとつだけある。
あ、ごめん。いきなり嘘。勝てはしない。「ひどく負けない」に訂正。
もちろん麻生総裁は交代だが、じゃあ誰にするかという問題。
それはコレ!
1.ツラ 2.ツヤ 3.ツギ (←コレ流行らして)
・ツラ・・・顔
・ツヤ・・・若さ
・ツギ・・・世襲
つまり、ブサイク揃いの議員の中では大分マシな
塩崎恭久や後藤田正純のようなのを
総裁に据えること。
選挙の勝敗の行方なんて案外そんなところ。
これでかなり戦える。マジ。
「惨敗」が「惜敗」ぐらいにはなる。
オレなんか選挙の時は公約読みまくって
候補者のサイト隅々まで読んでようやく決めてから投票に行くけど、
そんなオレの一票も、「この人知ってる」で入れる庶民のおばちゃんの一票も
同じ価値しかない。
じゃあ、どれだけ扇動できるか、でしょ。
理念で戦っても無理。どうせ読まないし。
野党なら実現不可能でも「減税!」の一本槍でかなり煽れるから楽だけど、
与党はそれ言えないからね。「じゃあ、今やれよ」って言われちゃうから。
塩崎は90年代半ば頃はよく朝生とかに出てた。
バーチャル総裁選でトップだったとかいう紹介付きで。
当時から疑問だったが、どのサイトでやったんだよ、
そのバーチャル総裁選とやらは。知らねえぞ。
しかも何だよ、「バーチャル」って。バーチャルは「ごっこ遊び」って意味じゃねえぞ。
そういや、あの頃の「バーチャル」って言われたものの95%ぐらいは
本来の意味を取り違えて「ごっこ遊び」だったなあ。「仮想」って訳が悪いんだよ。
それとオレは塩崎も後藤田も好きではない。特に後藤田は大嫌い。あいつ頭と性根が悪いから。
youtubeやニコ動で後藤田正純を検索してみると面白いものがみられる。
ついでに前回のエントリーの世襲について書いたけど、オレは世襲に反対ではない。
「無能な世襲議員がのさばるのは選ぶヤツが悪いのだからちゃんと選びましょう。
かといって慎重になりすぎると安定を求めて世襲議員を選びがちなので気をつけましょう。
国が規制するのはいけない。職業選択の自由アハハン。
でも閣僚にするときには何らかの基準を設けてくれ。」ということです。